福岡高等裁判所 昭和47年(ネ)398号 判決
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〔判決理由〕一、昭和四〇年四月三〇日被控訴人と控訴人貫田武正間に係属中の福岡地方裁判所小倉支部昭和三四年(ワ)第二五〇号家屋収去土地明渡請求事件につき和解が成立して和解調書が作成され、更に、被控訴人のため同和解調書につき控訴人根本房男に対する承継執行文が付与されたこと、被控訴人が右債務名義にもとづき控訴人貫田に対し原判決添付目録記載の不動産(以下本件土地及び建物という)につき前記裁判所に建物収去命令を申請し、控訴人根本に対しては同不動産につき建物退去、土地明渡の強制執行に及んだこと、もともと本件土地は被控訴人の所有に、本件建物は控訴人貫田の所有に属するが、同控訴人は昭和三〇年頃訴外中山義雄、同稲見弥寿夫に本件建物を賃貸していたところ、昭和三五年頃に訴外森川友子、同河辺国太郎が本件建物の一部を右中山、稲見より転借占有したので、被控訴人と控訴人貫田間に成立した前記和解には、前掲中山、稲見、森川、河辺らが利害関係人として参加したが、その後昭和四一年一〇月右中山、稲見両名は本件建物の賃借権を控訴人根本に譲渡したので以来控訴人根本と前記森川、河辺の三名が本件建物を占有使用している関係にあること、ところで被控訴人の前記強制執行に対し、控訴人貫田が昭和四五年六月五日到達の内容証明郵便をむつて本件建物の買取請求の意思を表示したこと及び前記和解調書には第一項において被控訴人と控訴人貫田間の本件土地に関する賃貸借契約が和解成立の当日(昭和四〇年四月三〇日)合意解除された旨、同第二項において被控訴人は控訴人貫田の本件土地明渡を五年間猶予する旨の各記載が存することは当事者間に争がない。
二 そこで、事実にかんがみ、まず、前記和解成立にいたる事情について検討する。
<証拠>を総合すると、
(一)、前記和解により終了した訴訟事件(福岡地方裁判所小倉支部昭和三四年(ワ)第二五〇号家屋収去土地明渡請求事件)は、被控訴人が原告となり、控訴人貫田を被告として提起されたもので本件土地所有権に基づき本件建物を収去して、その敷地である本件土地の明渡を求めたものであるが、その請求原因によれば、被控訴人は昭和一三年から訴外合資会社西川組に対し本件土地及びその周辺の土地を賃貸していたところ、右西川組は周辺土地を訴外宮本修次に無断転貸したので、これを理由に昭和二九年九月三日本件土地を含む前記西川組との土地賃貸借契約を解除した。それにもかかわらず、控訴人貫田は昭和三一年六月西川組より本件建物の譲渡を受け、本件土地を使用している。被控訴人は控訴人貫田の本件土地使用を許容しておらず、たとえ西川組と被控訴人間の土地賃貸借契約が存続していたとしても、控訴人貫田は本件土地の賃借権の譲受をもつて被控訴人に対抗できない旨主張したものである。
(二)、これに対して控訴人貫田は、訴外宮本修次においては本件土地等の管理権限を有する訴外佐伯律三(被控訴人の実兄)の同意を得て周辺の土地を直接被控訴人から賃借したものであるから、被控訴人の西川組に対する土地賃貸借契約の解除は無効である。控訴人貫田が西川組から本件建物の所有権移転登記をうけたことは認めるが、本件建物は実質上西川組の清算人であつた控訴人貫田の父貫田兵太郎の所有に属していたものであるから、控訴人貫田が本件土地を使用しても借地権の無断譲渡には当らないし背信行為もないと主張し、更に、第二回口頭弁論期日(昭和三四年六月二三日)において被控訴人が西川組からの借地権の承継を拒絶するなら本件建物の買取請求権行使の意思を表示するとして被控訴人の前記請求を争つたものである。
(三)、ところが右訴訟係属中の昭和三六年四月二八日、それ以前既に提起されていた被控訴人の前記宮本修次に対する建物収去、土地明渡請求事件(福岡地方裁判所小倉支部昭和二九年(ワ)第八六八号)につき和解が成立し、宮本が使用していた本件土地の周辺士地を被控訴人が宮本に売渡すことになつたので、被控訴人の控訴人貫田に対する前記訴訟(前同裁判所昭和三四年(ワ)第二五〇号)についても裁判所が和解を勧告するにいたつた。
(四)、右和解は何回か期日をかさねて折衝した末、結局被控訴人が本件土地の明渡を猶予することで本件和解が成立するにいたつた。その和解条項によれば、既述のとおり第一項において、被控訴人と控訴人貫田間の本件土地賃貸借契約を和解成立の当日(昭和四〇年四月三〇日)合意解除することとし、第二項において本件土地の明渡を昭和四〇年四月三〇日以降昭和四五年四月二九日まで(五年間)猶予することとしたほか、同猶予期間の終了に伴い控訴人貫田は本件建物を収去して本件土地を明渡す、同控訴人は土地明渡に当り何らの名目をもつてするを問わず被控訴人に対し金銭上の請求をしない、右明渡猶予期間中控訴人貫田は一定額の損害金を被控訴人に支払い、その額は地価騰貴等の事情に応じ被控訴人においてこれを増額することができる、控訴人貫田が本件和解上の義務を誠実に履行したときは被被控訴人は控訴人貫田の申出により前記明渡猶予期間を延期することができる、なお、控訴人貫田は昭和三一年から九年間にわたる延滞賃料合計金一九三万円余を被控訴人に支払うものと定められ、且つ、当時本件建物を賃借していた前記森川、中山、稲見、石辻(通称河辺)らが利害関係人として右和解に参加し、前記明渡猶予期間満了の際本件建物から退去して各々その占有建物部分の敷地を明渡す旨を約した。右和解において建物買取請求権の問題は特に論議されなかつたが、当初明渡猶予期間を被控訴人側では三年と主張したのに対し、控訴人貫田側では五年と主張して、結局そのとおりになつたことから被控訴人としては五年を経過したら約定にしたがい何ら金銭の支払をすることなく控訴人貫田が本件土地を明渡してくれると考えて和解に応じたものである。
以上の事実が認められ、他に右認定を動かすに足りる確たる資料はない。
三、以上の認定を基礎に控訴人貫田の主張する建物買取請求権の有無につき判断する。
もとより土地賃貸借契約の合意解除(解約)の一事をもつて地上建物の買取請求権(借地法第四条第二項または同法第一〇条のそれ)が当然に消滅すると解すべきいわれはない。しかしながら前段認定したところによれば、控訴人貫田は前記訴訟において、一旦、建物買取請求権(借地法第一〇条)を行使しながら、本件和解においては、土地賃貸借契約の合意解除を承認し、五年の明渡猶予期間経過ののちは、本件建物を収去して本件土地を明渡し、土地明渡しに当つては「何らの名目をもつてするを問わず」金銭上の請求をしない旨を約し、建物買取請求の問題については和解条項で言及するところはないし、そのうえ訴外森川ほかの建物賃借人も和解に参加して建物収去、土地明渡に際しては建物よりの退去を約しており、これらの事実に和解にいたる経過をあわせ考えると、控訴人貫田は本件和解により前記訴訟において争われていた建物買取請求権の行使を断念し、これを放棄したものと解するのが相当である。かような場合にも、なお、建物買取請求が許されるとすれば、その行使により建物所有権は当然に相手方に移転し、建物に居住する建物賃借人はその賃借権をもつて新所有者たる被控訴人に対抗できることになるから和解において建物よりの退去を約さしても、その実効は期せられないし、土地明渡が五年もの長期間猶予されていたとしても、既に土地賃貸借契約が合意解除されているのであるから、賃貸借の存続は考えられないし、明渡猶予期間の延期されることがあり得るとしても、それは相手方たる被控訴人の意思にかかつているのであるから、いずれも前記結論を左右する事由とはなり得ない。そうだとすれば建物買取請求権は本件和解により放棄されたとする被控訴人の抗弁は理由があり、その余の争点につき判断するまでもなく、控訴人らの本訴請求は失当たるに帰する。
(佐藤秀 麻上正信 篠原晴彦)